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F-0027 教わったとおりの合言葉で開けてもらえなかった人の葉書

時期
2004 年の秋から翌年の冬にかけて(文面の季節の記述による)
状態
完全
出所
遺品整理の際にまとめて出た葉書の束から写されたものとされる。宛名の面は写されておらず、受取人は文面から差出人の妹にあたる人と思われる。三通の並びは写しのまま残す。

// 本文

(同じ差出人から同じ受取人に宛てた葉書、三通分の文面の写しとされる)

(一通目)

栗を送ってもろうて、ありがとうございました。渋皮煮にして、仏さんにも上げました。膝の具合はどうですか。こちらは彼岸を過ぎて、朝晩は上着が要るようになりました。

悦子のところは二人とも遅うまで勤めで、あの子がひとりで留守番をしています。学校のほうで物騒な話があったとかで、去年から、玄関に合言葉の決まりがあります。使いの者も、開けてもらう前に、ドアの外から合言葉を言うことになっています。こないだ煮物を届けに行って、教わったとおりに言うたら、ちがいます、と言われて、開けてもらえませんでした。ばあちゃんやよ、と言うても、合言葉が先です、と言う。ドアの前に立っていると、内側で、覗き穴の蓋の動く音がしました。見えとるなら開けてくれてもよさそうなものやけど、あの子には、顔より言葉が先のようです。しかたないので、把手に袋を提げて帰りました。あとで悦子に電話をしたら、教えたとおりで合うとるけどね、あの子の覚え違いやわ、と笑うていました。偉いような、憎らしいような。決まりは決まりだそうです。

(二通目)

こちらの桜はまだ蕾です。膝には春がいちばんよろしいね。こないだ、また悦子のところへ届け物に行きました。今度は朝のうちに電話をかけて、いまの合言葉を確かめてから行きました。春の草の名で、あの子にも覚えやすかろうと思うたのに、受話器の向こうは、やっぱり、ちがいます、でした。名乗っても、返事はそれきりでした。また袋だけ提げて帰りました。階段で若い人とすれ違うたから、入れ違いにお客でもあったのかもしれません。会釈のきれいな、感じのいい人でした。秋にお邪魔したときも、たしか、同じような人とすれ違うた気がします。お客の多い棟です。

悦子は、ごめんねえ、と言うばかりで、あの子に強うは言わんようです。叱ることでもなし、決まりを守っとるのやから、それでいいのです。ただ、あの受話器を通すと、私の声も、よそのばあさんの声に聞こえとるのかもしれません。それだけが少し、心細いような気がします。

(三通目)

かぶら寿しを漬ける時期になりました。麹の良いのが手に入ったので、そちらの分も漬けます。じき送ります。

このごろは、玄関の前で言うのはやめにしました。先に外の階段の下から、あの子の名前を呼びます。窓から顔を出して、しばらくじっとこちらを見ます。それから手を振り返して、玄関の鍵を開けて待っていてくれます。言葉より顔のほうが確かでよろしい。思えば私は、教わって行って当たったためしが一度もありません。子どもの時分から、くじ運はあなたのほうが良かったものね。それでも上がっていくあいだに、癖で一度、教わったばかりの合言葉を口の中で言うてみます。使わずじまいの言葉は、なんやら損をしたようで、帰り道でも、二度、三度と言うてみたりします。おかしなことですね。寒うなります。膝、お大事に。

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D-0008 その合言葉は先週変わりました

金沢

2004 年の冬頃 2007 年の春頃

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