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F-0035 住警器点検、電池よし、と書くだけだった家事メモ

時期
2023 年頃〜2026 年 6 月
状態
完全
出所
松戸市の分譲マンションの一室で書かれていた家事メモの写しとされる。住宅用火災警報器に関わる行を中心とした抜き書きで、帳面の全体は写しに含まれていない。書き手と家族の氏名にあたる記載は見当たらない。

// 本文

(家事メモの写しとされる。住宅用火災警報器に関わる行を中心とした抜き書きで、日付は帳面の記載のまま)

二〇二三年六月一日
住警器点検。電池よし。網戸、北側だけ貼り替えを頼むこと。麦茶のパック買い足し。

二〇二四年二月一日
住警器点検。電池よし。灯油、今季はあと一缶でよい。クリーニング引き取りは木曜。

(同じ形の行が、毎月一日にひとつずつ続く)

二〇二五年四月一日
住警器点検。電池よし。正常です、の、すの抜けるところが、お父さんの生返事に似ている。

二〇二五年五月一日
住警器点検。電池よし。息継ぎ。機械は息を継がないはずだけれど、継いでから、正常です、と言った気がする。毛布は干してからしまう。

二〇二五年六月一日
住警器点検。電池よし。今月は高さがちがった。お父さんはもう少し低い。先月より遠かったと思う。

二〇二五年七月一日
住警器点検。電池よし。エアコンの試運転、寝室だけ音が大きい。
お父さん、夕飯のあいだ頷くだけだった。

二〇二五年九月一日
住警器点検。電池よし。八月の行がないのは、書き忘れたのではなく、押したけれど書くことがなかったから。
テレビを見て笑う声を、しばらく聞いていない。

二〇二五年十月一日
住警器点検。電池よし。点検の声を電話で録ってみた。実家のお母さんに聞いてもらうつもりだった。聞き返したら、ただの機械の声しか入っていなかった。録り直しても同じだった。送るのはやめた。

二〇二五年十一月一日
住警器点検。電池よし。夜、会社の方から電話。廊下で話すお父さんの声が、ドア越しでもわかるくらい弾んでいた。

二〇二五年十二月一日
住警器点検。電池よし。今月もお父さんの声。あなたの声に似てきた気がする、と言ってみた。すこし黙って、そうか、って。
家の中の返事が、今日でまた一つ減った。

二〇二六年一月十七日
お父さんが本体ごと新しいのに替えた。頼んでいない。箱から出して最初の点検、途中まで同じ癖で鳴った。すの抜けるところまでは同じ。そのさきは機械の声だった。

二〇二六年二月三日
メーカーの窓口に電話。音声に個体差はございません、とのこと。録音も送って聞いてもらった。通常の音声です、とのこと。ていねいな方だった。
もう押さないことにする。

二〇二六年三月一日
クリーニング、木曜。ストーブは灯油を使い切ってからしまうこと。

二〇二六年四月十六日
消防設備の点検の日。業者さんが各戸のボタンを順に押して回る。うちのも押された。脚立の上で、いい声で鳴りますね、と言われた。笑っておいた。玄関で靴をそろえて帰っていかれた。愛想のいい方だった。

二〇二六年四月十八日
夜中、手洗いに立った帰り、廊下で、正常です。誰も押していない。お父さんは起きなかった。天井の下に、しばらく立っていた。

二〇二六年四月十九日
メーカーに電話。自動で鳴る試験の機能は、この型には無いそうです。そうですか、と言って切った。

二〇二六年五月一日
住警器点検。機械の声だった。その場で続けて三度押した。三度とも、誰の声でもなかった。戻ってしまった。連休のあいだ、ごみの日は変則。
お父さんが話すようになったわけではない。お父さんの声をじかに聞いたのがいつだったか、思い出せなかった。

二〇二六年六月一日
住警器点検。電池よし。お父さんの声。麦茶のパック買い足し。

(帳面のいちばん最後の頁には、日付のない行がひとつだけある)

やめると、この家でお父さんの声を聞ける場所がなくなる気がする。

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D-0004 うちの火災警報器はいい声で鳴ります

松戸ほか

2025 年春頃 2026-06-01

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