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F-0022 もういいかい、の文句を集めてまわった帳面
帳面写し・遊び唄採集
- 形式
- manuscript
- 時期
- 昭和 35 年(1960 年)前後(帳面の日付による)
- 状態
- 完全
- 出所
- 復元 — 郷土資料として寄贈された箱にまぎれていた大学ノートを写したものとされる。書き手の名はどこにも記されておらず、前半は各地の遊び唄の文句の採集で埋まっている。
// 本文
(一冊の大学ノートから写されたものとされる。ここに写すのは終わりに近い数葉で、日付は原文のまま)
八月九日 晴
熊谷から秩父線で皆野。橋のたもとの店で西瓜を馳走になる。
媼(七十二)に、かくれんぼの文句を訊く。もういいかい、はこの在でも変わらない。返事は、まあだよう、と伸ばす。鬼を替わるときの唄が別にあるというが、媼は思い出せず、孫は遊びに出ていて訊けなかった。
帰りぎわの媼の言。子どもの時分、返事の数をかぞえて、姉にきつく叱られた。かぞえるものではない、多い晩があるから、と。どういう意味かは、媼も知らずにきたという。
八月十日 曇
吾妻の在。木賃宿。蚊が多い。
この土地では、遊びの終いに鬼が山の側へ向いて、もういいよ、と言い添える。宿の主人(五十がらみ)に訳を訊くと、言い残すと晩まで返事がやまぬことがあるからだ、という。誰の返事か、と重ねて訊くと、主人は笑って、猿のもんだろう、と言った。この話はそれきり続かなかった。
八月十一日 晴
帰りのバスを待つあいだ、宮の裏で子どもらのかくれんぼを見る。文句を書き取るうち、癖で返事の数を正の字に取っていた。隠れたのは五人、正の字はひと画あまっている。書き間違いかと数え直したが、六である。子どもらは何事もなく遊び終えて散った。バスが来たので発つ。
九月四日
夜、窓の下で、もういいかい、と聞こえた。子どもの声である。十一時を過ぎている。返事はせずにおいた。
九月七日
また。帳面に書き留めることが返事にあたるのではないかと、ふと思う。唄は問いと答えとで一組である。長年、方々で問いの文句ばかり集めてきた。
九月十二日
今夜もあった。以後、記さぬ。
(この頁から後は白紙のまま残されている)