F-0013 窓際の席のことを書いた私信
白封筒同封便箋/差出人記載なし
- 形式
- letter
- 時期
- 2026-02上旬
- 状態
- 完全
- 出所
- 復元 — 事務所内の個人ロッカーから回収された封筒に同封。差出人欄なし。
// 本文
Mさんへ
前略
寒い日が続きます。そちらではもう梅が咲いているでしょうか。こちらは浜松町の事務所に移ってから、窓の外の色が毎日同じで、朝だけ少し海の匂いがするような気がします。
急に手紙を書くのも変ですが、メールだと残ってしまうので、これにしました。残らないものの方がよいのか、残った方がよいのか、今は少し分からなくなっています。
例の複合機のことです。あなたがいた頃から紙詰まりの多い機械でしたが、先月の終わりくらいから、朝、排紙トレイに会議の控えのような紙が置かれていることがありました。最初は誰かが夜に印刷したものを取り忘れたのだと思いました。ところが、紙に書いてある言葉を、その日の午前中に自分たちがあとから言うのです。
こう書くと大げさに聞こえるので、誰にもそのままは話していません。実際には、全部が合うわけではありません。「あ、先にお茶取ってきます」とか、「その件、午後でいいですか」とか、そういう小さい言葉です。咳払いまで書かれている日もありました。椅子を引く音を「椅子」とだけ書いた行もありました。
私は一度、読まずに封筒へ入れて机の引き出しにしまいました。そうしたら、その日の朝礼で、いつもなら誰かが必ず言うはずの言葉が出ませんでした。誰も困らない程度の、でも出ないと少しだけ間が空く言葉です。次の日の紙には、そのあたりだけ空白行が続いていました。空白なのに、そこに何か書いてあるように見えて、目が勝手に下へ行きました。
九時十七分のところだけ、毎回おかしいです。おかしいと言っても、機械の癖かもしれません。同じ行が二つ重なって印字されて、片方には窓際の席の略称が振られています。あなたが最後に使っていた席番号と同じです。今は荷物置きで、誰も座っていません。昨日、そこに古いコピー用紙の包みが置いてありました。棚の奥から出したものらしく、包装紙だけ少し黄ばんでいました。
新しい機械に替えてからは止まったと皆が言っていました。けれど、その古い紙を入れた朝だけ、また一枚出ました。時刻だけが並んでいて、発話の欄は全部空白でした。私はそれを見たとき、なぜかあなたから返事が来ない手紙を読んでいるような気がしました。
もしこれが届いたら、覚えている範囲でいいので、あの窓際の席で、九時十七分頃にいつも何をしていたか教えてください。あなたが辞める前、あの時間になるとよく外を見ていたように思います。私の思い違いかもしれません。
それから、変なお願いですが、この手紙を読んだあと、できればすぐ返事を出さないでください。返事を待っている間に、こちらで何が印刷されるのか確かめたいのです。こんなことを頼むのは失礼だと分かっています。
二枚、同封します。上の一枚だけ読んでください。下の紙は、できれば開かないまま捨ててください。読まなかった行の方が濃く残ると、誰かが冗談のように言っていました。冗談ならよいのですが。
草々