D-0007 エレベーターが行きたい場所
管理員記録帳写し・川口栄町
観測期間
2014 年の正月明け頃 〜 2016-03-26 [散発]
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この整理票は、川口市栄町の分譲マンションで管理員を務めていた人物が私的に付けていた記録帳の写しと、当時の理事会資料、住人数名への聞き取りから組成された。建物は 2000 年代の半ばに建った十四階建てで、エレベーターは一基。内廊下に物を置かない決まりがよく守られていて、どの階の廊下も同じ顔をしている。
最初の記録は 2014 年の正月明けにある。十四階の住人から、夜中にエレベーターの動く音がする、扉の開く音もするのに降りる人の気配がない、という申し出が管理室にあった。管理員はかご内の防犯カメラの録画を確かめている。録画には、誰も乗っていないかごが午前二時すぎに一階から上がり、途中で一度停まって、扉が開くところが残っていた。誰も乗らず、誰も降りないまま、数秒で扉が閉まり、かごは一階に戻る。そのあいだ、ドアの上の階数表示は 13.5 を出している。
記録帳によれば、同じ停まり方は月に何夜かの割合で続いた。決まって深夜で、おおむね二時から四時のあいだ。一晩に二度はなく、かごに人が乗る時間帯には起きていない。管理員は日付と時刻、扉の開いていた秒数を書き留めるようになった。はじめの頁では十三階と十四階のあいだ、と書いていたのが、じきに 13.5 とだけ書くようになっている。
保守会社の点検では異常が出なかった。遠隔監視の運行データも照会されたが、該当の時刻にかごは一階で待機したことになっていて、走行の記録そのものがない。録画装置の時計が狂っているのだろう、というのが業者の見立てだった。管理員は時計を合わせ直し、それからも同じ映像が残ることを確かめている。
2015 年の 10 月に、人が乗っているときに停まった夜がある。終電で帰ってきた十四階の別の住人が乗り合わせた。十三階を過ぎたあたりでかごが停まり、扉が開いた。外は内廊下だった。常夜灯がついていて、造りはどの階とも変わらず、誰かの玄関の前に傘が一本、立てかけてあったという。階数の札が掛かっているはずの壁には、何もなかった。住人は乗ったまま動かず、扉が閉まって、かごは十四階に着いた。聞き取りにこの住人は、よその階だと思って立っていた、部屋に入ってから、この建物の廊下で傘を見たことがないと気がついた、と話している。人が乗っているときに停まったのは、記録のうえではこの夜だけで、その後は出ていない。
この夜を境に、記録帳には業務の控えと違う書き方が混ざりはじめる。二時から四時、籠には乗らないこと、と自分に宛てたような一行があり、少しあけて、住人に知らせる必要はない、まだ、と続いている。理事会への報告は、夜間にかごの空転があり保守会社と経過を見ている、という一行に留められた。
聞き取りのなかには、あの建物には番号を振られなかった高さがひとつあって、昼のあいだは皆そこを通り過ぎているのだろう、と話した住人がいる。記録帳のおしまいのほうの余白には、管理員の字で別の読みが残っている。誰も乗り降りしないのに開くのなら、あの数秒、籠はよそで使われているのではないか。
管理員は 2016 年の 3 月に退職している。記録帳は終わりの月まで同じ調子で、最後の頁は日付と時刻と秒数だけが並ぶ。最後の行は 3 月 26 日、2 時 12 分、4 秒。後任へ引き継がれた業務日誌に、この件は一行も出てこない。記録は、そこで終わっている。