D-0003 この駐輪場に空きはありません
駐輪場整理記録・志木東口第二
観測期間
2025 年 10 月頃 〜 2026-06-15 [反復]
// 本文
志木駅東口の第二駐輪場で使われていた整理員の引き継ぎノートと、管理会社の点検記録、利用者への聞き取りから組成された。この駐輪場は定期利用制だが場所の指定はなく、空き待ちの列ができるほど混んでいて、朝はハンドル同士が絡むまで詰まる。整理員は毎朝六時に台数を数え、絡んだ自転車をほどいて並べ直すのを仕事にしていた。最初の記録は 2025 年 10 月のノートで、B 列の一台の両隣が三日続けて空いている、という一行になる。
整理員は通路を空けるついでに、空いた枠へ周囲の自転車を詰めて並べ直した。翌朝、詰めたはずの自転車は元より一枠外側に戻っていた。停め直した利用者たちに聞いても、なんとなく、今朝はそこが停めにくく見えた、という答えしか返らなかったとされる。誰も口裏を合わせていないのに、空きは少しずつ広がった。整理員自身、ある朝、自分の巡回がその区画だけを飛ばしていたことにあとから気づき、以来、手帳に順路を書いて毎朝確かめている。
中心の一台の持ち主は、夜勤明けにここへ帰ってくる専門学校の学生だった。本人も気づいていたが、最初は、混んだ場内で楽に停められると得に思っていたらしい。毎朝、満車の場内で、自分の自転車だけが空きの真ん中に立っている。停める列を反対側に替えたが、数日のうちに、同じ形の空きが新しい位置のまわりにできた、と友人へのメッセージに残っている。なんかおれの周りだけ空いてくんだよな、とも書いている。利用者のあいだでは、あそこに停めるとよくない、という言い方が、誰が始めたのか分からないまま通じるようになっていた。
学生は友人に、半分は冗談で、隣に停めてみてくれないかと頼んでいる。ほんとうに空くのか見たかった、と後になって話している。友人は数日それに応じた。ある朝、友人の自転車にだけ、撤去警告の黄色いシールが貼られていた。管理会社は、その様式の警告は発行していないと答えている。友人は以後、この駐輪場を使っていない。空きの話を冗談の調子で書いた学生のメッセージは、それが最後になっている。雨の日に場内で唯一の空きだったその枠へ停めた別の利用者も、翌週から離れた月極へ移った。理由を聞かれて、うまく言えない、日当たりだと思う、と話したという。屋根のない駐輪場である。
空きが一区画ぶんに育った冬、管理会社は区画整備の名目でコーンを立て、中心の一台を長期放置自転車として撤去した。学生がいつから来なくなっていたのかは、記録によって食い違っている。整備が終わったあとも、その区画に停める利用者はいない。停める位置を替えれば空きも移った、という先の記録と、撤去のあとの空きが元の枠から動かないことは、突き合わせても揃わない。記録の余白には、気づくことが、加わることなのではないか、という読みが書き添えられている。
この駐輪場の空き待ちには、いまも四十人あまりが並んでいる。撤去で空いた枠は名簿の先頭から順に案内されたが、契約した者はいない。見に行って、そのまま帰った人が続いた。理由はそれぞれで、駅から遠い気がした、出し入れがしづらそうだった、と話している。その枠は、場内でいちばん駅に近い列にある。整理員はいまも朝六時に台数を数え、絡んだ自転車をほどいて回る。引き継ぎノートの最後の頁には、あの列は詰めなくてよい、とだけある。誰がそう決めたのかは、書かれていない。
観測例
- F-0014 memo 一部欠損 詰めても戻る列についての朝番の引き継ぎ
東口第二 朝番 引き継ぎ (日付欄、「11/」まで。以下判読不能) - 六時、開錠して台数を数える。端の列から。掲示は満車で合ってる - D列だけおかしい。真ん中に一台、いつも同じ自転車が残ってて、その両隣が空く。満車な…
- F-0017 chat-transcript 完全 空き待ちの順番が回ってきた二人のやり取りとされるもの
(トーク履歴の抜粋とされる。話者名は端末の連絡先表示に基づく) 3/14(土) 12:03 ゆう:駐輪場の空き、やっと順番きた!管理会社からメール来てた 12:03 ゆう:半年待った 12:10 あや:おめでとうやっとだ…