F-0057 山林内の鉄塔の所有者を探しています
- 時期
- 2024 年の秋から翌年の春にかけて
- 状態
- 完全
- 出所
- 市の文書の写しは左上に綴じ穴がある。電話受付メモは三件で終わっているが、用紙の下の端に、切り取られた次の行の罫線が残っている。
// 本文
十月十五日の火曜、加治原市役所の建設部管理課に電話が一本あった。受けたのは柏木だった。
相手は市内の男性で、日曜に北の尾根を歩いていたら鉄塔があって、椅子が括り付けてあった、と言った。落ちたら下を歩く人に当たる。市のほうで何とかしてほしい。
鉄塔なら電力会社のものだろうと柏木は思って、番号札が付いていなかったかを聞いた。付いていなかった。電線も架かっていなかった、と男性は言った。アンテナみたいなものも無かった。鉄塔だけが立っている。
柏木は地図を出して、場所を三回聞き直した。市の土地ではなかった。管理課が見ている道路でも河川でもなかった。うちの課の仕事かどうかは、電話を切っても分からなかった。課長は、とりあえず見てこい、と言った。
木曜に、二年下の三好と二人で行った。林道の終点に車を三台ほど停められる空き地があって、そこから先は歩きになる。昔、鉄塔を点検する人が使っていた道らしく、ところどころに黒いプラスチックの階段が残っていた。四十分かかった。柏木は長靴で来たのを途中で後悔した。
鉄塔は、尾根が少し平らになったところに立っていた。三十メートルはあるように見えた。灰色の鉄骨で、てっぺんの近くに、何かを取り付けていた金具だけが残っている。脚の一本に沿って梯子が上まで通っていて、途中に踊り場がある。金網の床に手すりを回したものが鉄塔をぐるりと一周していて、人がすれ違えるくらいの幅がある。下から数えると七つあった。いちばん下の踊り場は地面から五、六メートルで、二階の屋根くらいの高さだった。
その踊り場の床に、パイプ椅子が一脚置いてあった。脚を針金で手すりに巻き付けてある。椅子は、町と反対の、隣の尾根のほうを向いていた。
三好が双眼鏡を出して、金網の床ごしに下から見上げた。座面の裏に白いシールが貼ってあって、「公民館 備品 14」と読めた。どこの公民館かは、シールの上半分が剥がれていて分からなかった。
梯子の根元に、ノートが一冊あった。口を閉じられるビニール袋に入れて、紐で梯子に結んである。ボールペンも一本入っていた。表紙は無地だった。
(ノートの記載の写し。管理課が十月十七日に現地で書き取ったもの)
(表紙の裏)
雨天決行
9/14(土) 一 田辺 一名
9/21(土) 一 田辺 一名
9/28(土) 一 田辺 一名
一 小山 一名
10/5(土) 一 田辺 一名
一 小山 一名
10/12(土) 一 田辺 一名
一 小山 一名
一 森 二名
10/19(土) 一 田辺 一名
一 小山 一名
一 森 二名
一 大石 一名
(字は名前ごとに違う。十月十九日は、書き取った日の二日後にあたる)
帰りの車で、三好が言った。
「あのノート、何ですかね」
名簿だろう、と柏木は言った。
「毎週土曜ですよ。当番表ですかね。草刈りとか」
あんなところの草を誰が刈るんだ、と柏木は言った。
「当番で、一名、二名って書きますかね」三好はハンドルを握ったまま少し考えていた。「店みたいじゃないですか。人数を書くの」
店、と柏木は言った。
「今週の土曜、五人入ってましたよ」
椅子は一脚だったろう、と柏木は言った。
三好はしばらく黙って、それから、何を雨天決行するんですかね、と言った。柏木は答えなかった。土曜は休みだった。
翌週、柏木は公民館に順に電話をした。市内に公民館は十一ある。備品の十四番のパイプ椅子が無くなっていないかを聞くと、どこも、少し待たせてから、あります、と答えた。六つめの館の人は、いま目の前にあります、座りましょうか、と言った。
鉄塔のほうは、文書で聞いた。
(照会への回答の写し。回答した事業者の名前は伏せられている)
令和6年10月24日
ご照会のありました地点について、当社の設備台帳および過去の資料を確認しましたが、該当する設備は見当たりませんでした。当社が設置したものではないと考えられます。
いちばん早かったのがこの一通で、課長はそれを読んで、うちで壊す筋じゃないな、と言った。壊す金も無い。持ち主を探してますって出しとけ。
残りは十二月までかかって、全部で八通になった。どれも似た文面だった。電力の会社、通信の会社が三つ、放送、県の防災の担当、国の出先が二つ。国の出先の一つは電波の免許を扱うところで、その地点で免許された無線局の記録は古いものを含めて無い、と書いてあった。登記を調べると、土地の名義は昭和三年に登記された男性のままで、住所の地名は今の地図に無かった。
(加治原市のウェブサイトに掲載されたお知らせの写し。地名は伏せられている)
山林内の工作物(鉄塔)の所有者を探しています
掲載日 令和6年10月28日 建設部管理課
市内■■地内の山林に、所有者の分からない鉄塔があります。安全上の対応を検討するため、所有者または設置の経緯をご存じの方を探しています。お心当たりのある方は、下記までご連絡ください。
構造 鉄骨造 高さ約30メートル
付属物 パイプ椅子1脚、ノート1冊(いずれも設置者不明)
申し出の期限 令和7年1月31日
危険ですので、鉄塔には登らないでください。
野口は加治原市内の会社に勤めていて、昼休みを車の中で過ごす。駐車場のいちばん奥に停めて、コンビニの袋を助手席に置き、市のウェブサイトの新着を見る。変なお知らせがあると画面を撮って SNS に上げる。先月は「庁舎三階の男子トイレは当分のあいだ使用できます」というのがあった。見ているのはほとんど市内の人で、返事をくれるのは決まった二、三人だった。
(SNS への投稿の写し。投稿者の表示名は「のぐち」。返信は一部)
10月29日 12:21
市のサイトに「鉄塔の持ち主を探しています」って出てて笑ってる 鉄塔って落とし物になるんだ
10月29日 12:24
付属物:パイプ椅子1脚(設置者不明)
椅子の持ち主も探してる 椅子て
↳ たけ@加治原 交番に届けないと
↳ mio 北の尾根ってうちの裏の山だ 鉄塔なんかあったかな
↳ のぐち あるって市が言ってる
↳ mio じいちゃんに聞いたら「ある」って いつからかは知らないって
↳ たけ@加治原 見てきてよ
十一月三日は日曜で、祝日だった。野口は昼前に家を出た。林道は途中で舗装が切れて、終点の空き地に車は一台も無かった。登りはじめて十分で息が上がった。途中で二回、引き返そうかと思った。
鉄塔が見えたところで、野口は立ち止まって、スマートフォンで市のお知らせをもう一度開いた。それから顔を上げて、しばらく数えていた。
11月3日 13:02
着いた 登山口から40分 聞いてない
11月3日 13:04
待って 椅子1脚って書いてあったよな
11月3日 13:05
いちばん下の踊り場だけで9ある 手すりに沿ってぐるっと その上の段にもある その上にも
11月3日 13:06
数えるのやめた 全部おなじ方向いてる 町じゃない方
↳ たけ@加治原 増えてんじゃん
↳ mio え こわ
11月3日 13:07
登るのは無理 梯子の下に立っただけで足がすくむ
11月3日 13:09
ノートあった ビニールに入ってる 予約表だこれ 表紙の裏に「雨天決行」
↳ たけ@加治原 雨天決行
11月3日 13:11
来週の土曜のとこ 二と三に「満」って書いてある 一は名前が8人ぶん 一って一段目か 椅子9だし
↳ mio 満席ってこと?
↳ たけ@加治原 予約してこい
↳ のぐち え
↳ たけ@加治原 1席あいてるんでしょ
11月3日 13:14
しました 来週土曜 一 野口 一名 最後の1席
(ノートの頁の写真が付いている)
↳ たけ@加治原 本名で草
↳ mio 行くの?
↳ のぐち 行かないよ また40分登るんだぞ
11月9日 23:48
寝てた
↳ たけ@加治原 知ってた
↳ mio 席もったいな
(所轄の署に残っていた、通報の受理と対応の記録の写し。通報者の氏名と住所は伏せられている)
受理 11月9日(土)21時40分頃
通報者 ■■地区在住 70代男性
内容 「山の上の鉄塔に、懐中電灯くらいの明かりが点いている。一段にひとつずつ縦に並んでいて、下から六つまで数えた。三十分ほど前からあって、動かない。あそこは誰も使っていないはずだ」
対応 地域課員2名が臨場。22時25分、林道終点に到着。駐車車両なし。鉄塔の方向に明かりは確認できず。通報者宅で話を聞く。「さっき、上から順に消えた。消える前に、山のほうから手を叩くような音がした。大勢だった」とのこと。夜間のため山中には入らず。鉄塔については市で所有者を調査中とのことであり、翌開庁日に市管理課へ連絡する。
連絡は月曜に来た。柏木は水曜に、もう一度登った。今度は登山靴を借りた。
椅子は増えていた。一つめの踊り場に九脚、手すりに沿って並んでいる。二つめから五つめにも同じように並んでいて、六つめに一脚あった。六つめの一脚だけが町のほうを向いていて、ほかは全部、隣の尾根を向いていた。下から読めるシールは四枚あった。公民館が二枚、小学校が一枚で、もう一枚は「市 3階会議室」だった。
梯子の根元には、すのこが一枚敷いてあった。その上に、茶色いスリッパが四足そろえてあった。
ノートは二冊になっていた。
(ノートの記載の写し。管理課が十一月十三日に現地で書き取ったもの。十一月九日の分)
11/9(土)
一 田辺 小山 森(二名) 大石 杉本 古川 関 野口
二 満
三 満
四 満
五 満
六 内田 一名
柏木は役所に戻ってから、三階の会議室の椅子を数えた。二十四脚あった。備品の台帳も二十四だった。
林道の終点は市の土地だったので、農林の課に頼んで札を立ててもらった。「この先の鉄塔に登らないでください 加治原市建設部管理課」。鉄塔そのものには何も張れなかった。市のものではないからだ。お知らせの付属物の欄は、「パイプ椅子多数、ノート2冊、スリッパ4足」に直した。
(動画「持ち主のいない鉄塔、土曜の夜は予約でいっぱいらしい」2024 年 11 月 23 日撮影、25 日公開 書き起こし)
夜です。八時十分。林道のいちばん奥にいます。車は自分のだけですね。
市が持ち主を探してる鉄塔です。見に行った人の投稿が回ってきたんで。土曜なんで。
(札が映る)
登らないでください。……はい。すいません。
(山道。足音と息)
(テロップ:50分後)
(ライトが鉄塔を下から上へ照らす)
あった。
……多いな。
えっと、踊り場ごとに椅子が並んでます。手すりの内側にぐるっと。下の段はもう隙間がないですね。で、あれ見えます? 手すりの外側。外に括ってあるんですよ、椅子。あそこ座ったら足の下なんもないですよ。
上もあります。いちばん上の踊り場の、さらに上。梯子が終わったところに一個。あそこは床がないです。
人は、いないです。誰も。
(梯子の根元が映る)
スリッパ。……スリッパありますね。すのこの上に。数えます。……十三足。
履き替えるんですか、これ。金網の上を。
(ノートが映る)
ノート、四冊あります。いちばん新しいの。……今日のとこ。
二から六まで「満」。七、一名。
一のとこは名前が並んでて、最後に「野口」ってあります。これ、あの人ですよね。予約だけして行かなかった人。先週のとこにも、その前にもあります。
(スマートフォンの画面と見比べる。予約した人が上げた、ノートの頁の写真)
いちばん古いのが本人の字で、あとの二つは、字、違いますね。本人のはもっと丸い。
予約が入ってるのに、誰もいないんですよ。九時五分です。
……一段目だけ、上がってみます。一段目だけ。靴で行きます。
(梯子を登る音。金属の音)
(テロップ:真似しないでください)
上がりました。けっこう揺れます。風はないんですけど。
椅子、九つ。全部あっち向いてます。町じゃなくて、山のほう。
(一脚の背もたれが映る。布のテープに黒いペンで「野口」)
席、ありますね。野口さん。席あります。
隣、たぶん誰かの席なんですけど、座ります。失礼します。
(座る。ライトを消す。画面が暗くなる)
ライト消しました。……山ですね。向かいの山。なんも無いです。明かりも無い。
星は出てます。
(テロップ:20分経過)
誰も来ません。寒い。あと十分したら降ります。
(遠くで金属のきしむ音)
……いま、上で音しました?
(もう一度。少し近い)
椅子ですよね、いまの。パイプ椅子って、座るとき鳴るじゃないですか。あの音。
(もう一度)
上から、
(もう一度。近い)
(もう一度)
(すぐ横で鳴る)
(ライトが点く。野口の椅子。上の踊り場。人は映っていない)
……誰も、いないです。
(上のほうで拍手。大勢)
いないですね。……音、止まりました。椅子の。
静かです。めちゃくちゃ静か。
(拍手は続いている)
……降ります。もういいです。降ります。
(立ち上がる。ライトが、座っていた椅子の背もたれに当たる。布のテープに黒いペンで「早川」)
(梯子を降りる音。速い。拍手は続いている)
(映像はここで終わっている)
(コメント欄より抜粋)
@k_morita_
音量上げたら すぐ右でも叩いてる 右って野口さんの席では
@oyasumi2525
降りてるあいだも止まないの、やめてほしい。
@sabi_tetsu
梯子はだめでしょ 札立ってるのに
@tanuki_soba
テープ持って帰った?
↳ @hayakawa_yoru 剥がしてません。持って帰ってもいません。そのままです
(所轄の署に残っていた、通報の受理と対応の記録の写し。通報者の氏名と住所は伏せられている)
受理 11月23日(土)21時40分頃
通報者 ■■地区在住 70代男性(11月9日と同じ)
内容 「また点いている。さっき、上から順に点いた。今日は下から七つある。いちばん下だけ二つ並んでいる。手を叩く音もしている。いま、その二つの横でもっと強い明かりが点いて、下へ下りていった。二つは残っている」
対応 地域課員2名が臨場。22時20分、林道終点に到着。駐車車両1台。22時35分頃、山道を下りてきた男性1名から話を聞く。動画の撮影のため一人で登ったとのこと。「鉄塔のいちばん下の踊り場に三十分ほど座っていた。そのあいだライトは消していた。誰にも会っていない」。通報者の言う手を叩く音については、聞いていないとのこと。男性は落ち着かない様子で、椅子に自分の名前が貼ってあったと繰り返した。鉄塔の方向に明かりは確認できず。男性には立入りを控えるよう伝えた。市管理課へ連絡する。
連絡は月曜に、今度も電話で来た。柏木は聞き取ったことをメモにして、三好に渡した。三好は「二つ」のところに付箋を貼って返してきた。付箋は白いままだった。
(SNS への投稿の写し。投稿者の表示名は「のぐち」。返信は一部)
11月26日 12:18
鉄塔の動画まわってきた おれの名前の椅子が映ってる
11月26日 12:20
書いたの一回だけなんだけど
↳ たけ@加治原 毎週入ってるって言ってたな
↳ mio 消してきなよ
11月26日 12:26
消しに行く 土曜は嫌だから日曜
12月1日 9:40
林道、入口で閉まってた 冬季閉鎖 春まで
↳ mio じゃあもう誰も行けないね
↳ のぐち そう思う
↳ hiro1961 土曜は開いてたけどな
柏木は、お知らせの期限の一月三十一日を、机のカレンダーに丸で囲んでいた。その日が過ぎても、持ち主だという人は一人も出てこなかった。二月に入ると、管理課に電話がかかってきた。
(管理課の電話受付メモの写し。鉄塔に関する件のみ)
2月4日 10時頃 女性
鉄塔の席の予約はこちらでできるか、子ども用の席はあるか、とのお尋ね。当課では受け付けていない旨を回答。「では現地のノートで」とのこと。林道は閉鎖中である旨を伝えたが、返事はなかった。
2月6日 15時頃 男性
十一段目はまだ空いているか、とのお尋ね。踊り場は七つである旨を伝えたところ、「先週は九まであった」とのこと。
2月7日 9時頃 女性
初めてなので、いつ手を叩けばよいのか教えてほしい、とのお尋ね。当課では分からない旨を回答。「では、みなさんに合わせます」とのこと。
林道は三月の半ばに開いた。