F-0048 意味の通るお知らせが貼られた秋の日記
- 時期
- 2018 年 10 月〜11 月
- 状態
- 完全
- 出所
- 家事と子どもの予定の控えに使われていた綴りノートからの写しとされる。掲示物に関わる頁を中心とした抜き書きで、書き手の氏名にあたる記載は写しに含まれていない。
// 本文
10月6日(土)
「入居者の皆さまへ 三崎様をお探しの方が来られることがありますが、相手にする必要はありません。」
エントランスの掲示板に、けさから出ている。買い物の帰りにもう一度読んで、書き写しておくことにした。今度のは意味が分かる。相手にする、という言い方だけ、お知らせらしくない。
下に管理会社の名前と、赤い印。日付の欄はあるのに、空欄。いつものとおり。紙は新しかった。ガラスに顔を近づけて見ると、四隅に画鋲の穴がいくつも空いていた。
うちの掲示板は前から少し変だ。断水や工事のちゃんとしたお知らせに混ざって、ときどき、誰に何を知らせたいのか分からない紙が入る。夏のあいだは「屋上出入口の運用は、通常のとおりです」というのが貼ってあった。通常がどうなのかは、どこにも書いていない。その前は「先日の件につきまして、ご理解とご協力をいただき、ありがとうございました」。先日の件に心当たりのある人を、私は知らない。四階の人が管理会社に電話をしたことがあって、弊社で掲示したものではないですね、と言われたそうだ。掲示板はガラスの引き戸で、鍵は管理会社が持っている。
三崎さんという家は、たぶん、うちのマンションには無い。帰りに集合ポストを端から見ていったが、名字を出している家の中には無かった。出していない家も三軒ある。
持久走大会の申込みの紙を出し忘れていた。月曜に子どもに持たせる。
10月12日(金)
ゆうべ、九時すぎにエントランスから呼び出しが鳴った。モニタに、傘を持った男の人が映っていた。年配というほどではない、勤め帰りのような、ふつうの人だった。雨は降っていないのに、たたんだ傘を提げていた。
三崎さんのお宅は何号室でしょうか、と言われた。
あの貼り紙のことが先に浮かんで、何も答えないまま切った。切ってから、玄関にしばらく立っていた。子どもには、間違いだと言った。
モニタが切れる少し前に、その人が小さく頭を下げるのが見えた。こちらはもう、何も言っていなかった。
少しこわかった。子どもの前では言わないが。
10月19日(金)
燃えるごみの日。集積所で 302 の奥さんと 503 のおじいさんと一緒になって、あの貼り紙の話になった。来たのはうちだけではなかった。
302 は応じてしまったそうだ。ちょうど帰ってきたところを、エントランスで声をかけられた。三崎さんはこのマンションにいませんよ、と教えたら、そうですか、ではどちらへ行かれたかご存じですか、と聞かれて、しばらく話し込まれたらしい。なんの話をしたのか聞いたら、世間話よ、と言っていた。相手が三崎さんの知り合いなのかどうかは、聞きそびれたそうだ。
503 のおじいさんのところへも来た。いないよ、と言って切っただけ。何ともない。不動産屋がまた変なのを貼っているんだろう、防犯かなにかの、と言っていた。
うちら宛のお知らせじゃないんじゃないの、と 302 の奥さんが言った。じゃあ誰宛だ、と 503 のおじいさん。誰も答えなかった。ごみの立ち話はそこまでで、私は仕事に出た。
10月28日(日)
集合ポストの 302 の差し込み口から、封筒がはみ出ていた。通販のダイレクトメールのような、窓の空いた封筒。宛名が見えてしまった。三崎様、とあった。部屋番号は 302 で合っていた。
夕方にもう一度見たら、無くなっていた。302 の奥さんが抜いたのだと思う。
夜、うちのポストの名前シールを剥がそうかと考えた。剥がして、それを家族にどう説明するのかが分からなくて、やめた。
11月10日(土)
掲示板のあの貼り紙が、新しいのに替わっていた。
「三崎様の件は、終了いたしました。ご協力ありがとうございました。」
同じ様式、同じ印。日付は今度も空欄。前の紙がいつ外されたのか、知っている人はいない。ガラスの鍵は管理会社しか持っていないはずで、管理会社の人が来るのは月のはじめだけだ。
あれから、あの人は来ない。
302 のご夫婦は、年内で引っ越すそうだ。きのう階段で会ったときに聞いた。理由は聞いていない。転勤かもしれない。
11月18日(日)
寒くなってきた。持久走大会が近いので、朝、子どもと川沿いを走った。風はなかった。
掲示板には、排水管清掃のお知らせが貼ってある。ちゃんとしたやつだ。日付も業者の名前も入っている。立ち会いが要るので、カレンダーに書いた。
ポストの名前シールが、端からめくれてきている。糊が古いのだと思う。今度の休みに新しいのを買って、貼り直すつもりでいる。